うつべ〜よくうちのにいさんはつたないことばでぼくをベッドにさそう〜


 よくよく考えてみたら、俺はどうやってロロをベッドに誘えばいいのかを知らない。
 うららかな午後、眠気を誘う教師の声。うとうととまどろみかけるクラスメートを横目で眺めながら、解りきった内容の授業におざなりに耳を傾けていたルルーシュ・ランペルージは、唐突にその事実に気付いて愕然とした。何故今まで気付かなかったのだろう、これほど重要なことだというのに。ルルーシュの意識からはたちまち教師の声などはるか彼方に消え去り、目を見開いたままひたすらに考えを巡らせ始めた。目の前には一応教科書が開かれているが、そこに記された文字を判読することは今の彼には不可能だった。
(どうする。どうすればいい。ロロをベッドに誘うには……そうだ、俺はロロをベッドに誘いたい! だがどうやって誘えばいいんだ?)
 授業中にぼんやりと思考をさまざまな分野に漂わせるのはルルーシュの習慣とも呼べる行為だったが、その脳内をふとかすめた一つの考えは既に彼の全ての思考を占拠してしまっている。考えようとするだけで壁にぶつかってしまうだなんて何年ぶりの事態だろうか、ルルーシュはアッシュフォード学園に通うこと数年を経た今になって初めて授業中にここまで頭を悩ませている。
 ルルーシュは弟のロロ・ランペルージとベッドを共にしたことがある。ここで云うベッドとは具体的には性交渉を指すのだが、ルルーシュは思考の中でさえセックスという単語を使いたがらない。相手が実の弟であればなおさらのことだ。
 ルルーシュとロロはこれまでお互いに依存しあって生きてきたと云っても過言ではないが、彼にしてみれば弟との関係はそれほど簡単なものではない。例えロロが弟でなかったとしてもルルーシュはロロを大切に思うはずだ、ルルーシュはそう信じている。だからルルーシュはロロを誰よりも大切にしてきたし、それはベッドの中でも同じことだった。
 ルルーシュの思考はあの夜、初めてロロと恋人として過ごした夜を辿っている。
(あの夜! あの夜は素晴らしい夜だった、兄さんが好きなんだと云って涙ぐんで俺を見つめて、俺が何も云えずに抱き締めると涙を零して首を振ったロロは、ああ何て可愛いかったのだろう! 俺がそっとキスをした時に震えた睫毛がたまらなく愛しくてつい何度もキスしてしまった。可愛い、可愛い俺の弟!)
 頬杖をついて教科書を眺めるルルーシュの表情は愁いを帯びて静かだ。内面を映し出すはずの目は伏せられ、指先が時折文字を追うかのように教科書をなぞる。
 一見授業を聞いているかのように見えるルルーシュだったが、その思考は今や桃色に霞がかっている。あの時自分に全てを預け、信頼と不安に揺れる目で、それでも強く自分を求めてきた弟のことばかりが思い出される。それらの記憶をひとつひとつ辿るだけでルルーシュは幸せな気分になることを止められなかった。
(……さて。どうやってロロをベッドに誘おうか)
 桃色の思い出をひたすら反芻した結果として、思考は振り出しに戻ってしまった。常の状態ならあるまじき思考の堂々めぐりに、とうとうルルーシュは小さく溜息をつく。
「はぁ……」
「……ではそこで溜息をついているランペルージ!出てきて解答を書きなさい」
「はい……」
 ルルーシュは教科書を持ったままぼんやりと立ちあがって黒板の前に進み出ると、手近なところにあったチョークを握った。問題を眺めながら黒板に計算式と解答をよどみなく記してチョークを置き、くるりと踵を返してもと来た道を戻る。席についたルルーシュの心ここにあらずといった様子に、今度は教師の方が嘆息して教室を見回した。
「今ランペルージが解いた問題は来週の授業で説明します。……誰か本日の問題を解いてくれませんか」

つづく


(01.25.09)


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