きろ


「僕は君を殺すくらいなら死んでしまった方がいい」
 零れ出す言葉はほとんど無意識だったにも関わらず、どんな表現や説明よりも雄弁に僕自身の存在意義を物語っていた。僕は優しい世界が欲しい。僕がつくりだしてしまった仮初の優しさなんかじゃない、子供の短慮な思いこみなどには決して壊されないような、確立された優しい世界が欲しい。それをやり遂げなければならないのは誰よりも僕の責任だ。だけど、僕の理想が彼を殺すことでしか成り立たないのだったら、それなら僕はそんな世界は見たくなかった。
 僕をつくりあげた思想や時間の根底、その限りなく深いところにルルーシュがいる。彼は、僕にとっては守りたい世界の一部のはずだったのに。
「どうして君が……」
「俺がゼロだということだ、スザク」
「違う、何かの……間違いだ……きっと」
「スザク」
 誤解しているのは彼の方だ。だって僕たちがこんな、こんな状況に陥るはずがないじゃないか。
 今日、僕はゼロをようやくつかまえた。黒の騎士団、それを統括するこの男さえ潰すことができたなら、僕はみんなのために優しい世界を守れるはずだった。だから彼はゼロなんかであるはずがない。僕はゼロを殺して踏みつけにして僕の理想を打ち立てたいと、他でもないルルーシュにそう話した。あのときルルーシュは頷いた。確かに彼はゼロ寄りの思想を持っているけれど、僕には僕の選択があるのだろうと云って肯定してくれたのに。
「そんな……」
 地に落ちた仮面は半分割れていた。ルルーシュの左のこめかみからどろりと血が流れおちていて、僕は仮面に見た大きな亀裂が彼の額にも走っているような錯覚にとらわれる。
「つくづくお人好しだな」
 吐き気がするよ。云ってルルーシュがやさしく微笑んだ。普段彼が妹やごく親しい人間だけに浮かべるあの笑顔だった。真意が掴めず、僕はただ何も考えられないまま首を振った。そんな。そんな。
「お前に生きていられると困る。残念だがここでお別れだよ、さようならスザク」
 鋭く突き刺さるナイフを信じきれなくて、僕は呆然とルルーシュの指先の銀色が僕の心臓に向かって吸い込まれてゆく様を見つめる。生きること。死ぬこと。僕がしなければならないこと。あらゆる考えが僕の脳裏を交錯する。死ぬ。僕は死ぬだろう。ルルーシュに殺される。死ぬ。死んでしまう。でも仕方がないんだ、だって生きようとしない人間は死ぬ。僕は彼を殺すくらいなら、彼に殺された方がきっと幸せだ。
 ……生きろ、とは誰が云ったのだろう。
 僕の体は生きることを選んだ。僕はそんなことは望んでなんかいなかった。

「ルルーシュ」
 呼び声にこたえるものは居ない。なにもうつさない目が僕を見て笑った気がした。意識が混濁している。何故死んでいるのは僕でなくてルルーシュなんだろう。
 最初に僕に命令を下したのはゼロだった。最後に決めたのはルルーシュだった。僕の意志を曲げてまでして、彼は誰よりも僕の夢を踏み躙る。彼に命じられた僕は死ぬこともできないまま、死んでいる。
「僕は、君を殺すくらいなら、死んでしまった方がよかったのに……」


(05.27.07)


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