銃口つめてバンバンバン


(ルルーシュの幸福のために今までやってきた)
(それなのにそうやって自分を犠牲にしてしまうつもりなら、僕が全部壊してあげよう)

「もう引き返す道はなかったって、君はそう云うんだね」
「あ……」
 何とか返答の言葉を口にしようとして失敗する。何もかも、自分の声すら思う通りにならなかった。震える両手を握りしめてルルーシュはひたすら俯く。
 ユーフェミアは死んでしまった。日本人も虐殺されてしまった。計画を練っていた段階では多少の犠牲は厭わないつもりでいた、自分の命も駒にして動かしていたけれど、この結末だけは自分が望んだものではなかった。多くの、無惨な犠牲。それらを無駄にしてしまわないために、ルルーシュにはたった一つ残された選択肢を取るほかに方法がなかった。
 それなら。ルルーシュは麻痺したように動かない自分の感情をどこかから見つめている。これしか方法がなかったのに、それさえ失敗に終わってしまった今、あれらの犠牲は全て無意味なものになってしまったのだろう。決戦の跡地に広がるだろう荒野と数多の屍。ゼロと呼ばれた主導者を喪って、残された人々は今殺戮者となった敵軍の蹂躙を受けているのだろうか。あらゆる人間を不幸にして、ルルーシュは結局ただの人殺しになった。
「そんなことして、つくれたと思うの?」
 肯定も否定もできず、ルルーシュは曖昧に首を振る。混乱するルルーシュの前に屈み込んだスザクの手が彼の頬を包み込んで上げさせる。仮面などとうにどこかへ消えている。
「そんな方法で、本当につくれた?君の望むような優しい世界は」
「や、やめ」
「僕を見てよ、ルルーシュ」
 怯えてスザクから離れようともがいた拍子に目が合った。悲鳴じみた声を上げてルルーシュが息をのむ。ルルーシュの前に居るのは自分を弾劾する人間だ。全てをルルーシュに奪われて、彼はあらゆる負の感情を抱く権利を持っている。下された命令に背いてまでしてルルーシュをとらえたスザクは今、たった一人で帝国の敵と向かい合っている。人どころか戦いの気配すら感じられない、戦場から遠く離れたこの廃墟では、スザクこそが全ての王だった。
 見上げれば、うつろな目でスザクが微笑んでいる。
「綺麗な眼だね」
 スザクの指が頬を撫で上げる。手袋に包まれたままの指先が恐怖に閉じかけるルルーシュの眼をおさえ、舌を出せば舐められるような距離で紅くひかるそれを覗き込んだ。瞳孔がおそれるように収縮するさまを眺めてスザクは眼を細める。
「駄目だ!これは……スザ、」
「きいたよ。ギアスの力のこと」
「え……?」
 逃げるように眼を覆い隠そうとしかけて、ルルーシュは呆然とスザクを見た。紫と紅が焦点をうしなって彷徨う。その様子に優しく微笑んで、スザクが頷いた。
「誰も君の言葉には逆らえないんだよね。死ねと云ったら死ぬし、日本人を殺せと云ったら殺す、そういう力だ」
「どうしてそんな……」
「僕がどうやって知ったかはどうでもいいよ。ね?ルルーシュ」
 スザクは全て知っているのか。この力も、自分がしてきた事も、ユーフェミアに何が起こったかまで。全て。何もかも。
 解りきったことだというのに耐えられないほどの絶望に圧し潰される錯覚を覚え、ルルーシュは溺れるように唇を震わせた。呼吸を繰り返すことさえ苦しかった。こうしてひとつひとつ思い知らされていくくらいなら早くころしてくれればいいのに、最後の慈悲に縋るように見つめた先で、スザクはただ優しげに笑っている。
「かわいそうに。もう元通りにはならないんだね……これでユフィを殺してしまったの?」
 開かれたままの眼が乾いて痛みを訴えている。生理的な涙がじわりとこみ上げる眼球からスザクは視線を外すことがない。左眼から涙が零れてルルーシュの頬を伝ってゆく。
「違う……俺は、そんなことをするつもりじゃなかった……」
「それもどうでもいいことだよ。僕にはもう関係ない」
「ス、ザク」
「ギアスの力は使えば使うほど強くなるんだよね。それで強くなった力のせいで、制御ができなくなった。それでユフィが日本人を虐殺することになって死んだんだ」
 慚愧の念があまりにも強く、ルルーシュにはただ黙って罪を受け入れることはできなかった。スザクの言葉はひとつひとつが断罪だった。これがどんな力か知っていたはずなのに。ギアスの力の暴走を見たことがなかった訳じゃないのに。ユーフェミアの追い求める夢物語を、自分も見てみたかっただけなのに。マオは死んだ。クロヴィスも死んだ。ユーフェミアも死んだ。シャーリーの父親も死んだ。多くの日本人たちが死んだ。同じくらい多くのブリタニア人も死んだ。あまりにも多くの屍の上に立って、しかしそこからはルルーシュの望んでいた優しい世界なんて見えもしない。
「ねえ、もしこの力がもっと強くなったらどうする?」
「……ギアスが……?」
「そうだよ。ギアスが暴走したらどうするつもり?どんなにその眼を覆い隠しても意味がなかったら?何か考えただけでギアスがかかってしまったら?」
 指摘されて、ルルーシュは恐怖にぶるぶると震えた。絶えず流れ出る涙のために視界はぼやけている。ギアスが暴走してしまったとしたら。霞む視界は現実と狂気の境目を曖昧にする。親しい友人たちの屍体が見える。殺して殺されて、ルルーシュの大切な人々が屍体の山に加わってゆく。スザクの指が限りない優しさをともなってルルーシュの髪を梳いている。
「ルルーシュ。それは本当に君がナナリーのために用意してあげたい世界だったのかな」
「い……やだ……そんな、そんなの、だって俺はナナリーに、」
「みんなみんな死んでしまった優しい世界を?」
 ナナリーの死骸が視界を掠めた気がして、とうとうルルーシュは耐えきれず死に物狂いでスザクの手を振り払った。色違いの瞳孔は開ききり、その眼には何もうつっていない。
「いやだいやだいやだ!そんな世界望んでなかった!そんな世界なんて!」
「でもみんな死んでしまうよ、ルルーシュ。みんな狂って死んでしまう」
「厭だあああ!」
 頭を抱えて蹲り必死で叫ぶルルーシュを、スザクが優しい目で見下ろした。全てのものからかばうようにルルーシュを抱いて、スザクがそっと囁く。
「大丈夫、僕は狂わないよ。僕にはもうギアスは効かない。僕がずっと一緒に居てあげるから」
「……スザク……」
「僕が居るよ、ルルーシュ」
 ルルーシュの眼が開かれる。紫と紅はどこまでも広がる屍の荒野を見つめている。歪んだ世界の中にただ一人スザクだけが居る。


(05.31.07)


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