一万回の喝采 |
「日本人を」 「殺せ」 その言葉を聞いた時、ユーフェミアは自分の中で何かが変わったことを知った。全身を揺さぶる衝撃と共に、ルルーシュの口から発せられた言葉が何度も彼女の脳裏を駆けめぐった。日本人を、殺せ。 「いや……」 日本人を。 「いや!」 日本人を殺せ。 「殺したくない……」 何かが変わった。でも何が?ユーフェミアの唇からは拒絶の言葉が零れて落ちたが、そうやって否定しながらもその考えは何よりもしっくりとユーフェミアの中におさまった。拒否の言葉は全てが零れきるまでに既に意味を見失っている。 にほんじんをころせ。 そうだ、何がいけない。何が間違っていると云うのだろうか。だって日本人はブリタニアから多くのものを奪った。ただ支配されていれば、神聖ブリタニア帝国に従ってさえいればいい蛮族。彼らのためにブリタニア臣民の尊い血はあまりにも多く流されてきたではないか。クロヴィスお兄様は結局は日本人のために殺されてしまった。今も日本人はブリタニアに刃向かってコーネリアお姉様やシュナイゼルお兄様を苦しめている。私は、私はこんなにも分け隔てなく彼らに接してきたのに。こんなに努力してあげたのに。それなのに結局彼らの価値はブリタニア臣民に遠く及ばない。彼らを助けようと、救おうとしたところで何が変わるものか。払われる犠牲に対する結果があまりにも釣り合わない。私が、神聖ブリタニア帝国第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアが皇位継承権を放棄するほどの意味がそもそもこんな人種のために存在などしたのか。 にほんじんをころせ。 それくらいなら、そんなものは殲滅してしまえばいい。日本人が一人残らず死んでしまえば、そうすれば私たちブリタニア皇族は、ひいてはこんな国で生きなければならなかった大切なきょうだいたちは救われるのだ。ルルーシュもナナリーも、日本人ばかりかばって。そんなものは居なくなればいい。そうすればきっと二人は帰ってきてくれる。優しいルルーシュとナナリー、私の大好きなお兄様と可愛い妹。それに比べれば日本人のなんてどうでもいいことか。だったら迷う必要なんてない。日本人を殺してしまえばいいのだ。全員。一人も残さず。それで全部よくなる。 にほんじんをころせ。 そうしてユーフェミアは自覚する。彼女が変わったのではない、一番いい方法に気付いただけだ。そうしたら何もかも簡単になった。これまで悩み続けてきたのが嘘のようだった。 「やめろユーフェミア!今の……今の命令は!」 「そうね」 慈愛の皇女は優しく微笑んだ。ルルーシュが蒼白な顔をしている。ああ、彼も自分の言葉の意味に気付いたのだろう。彼は誰よりも優しい人だから解る。彼はやはり守ってやるつもりだったのだ、生きる資格すらない日本人を、虫よりも塵芥よりも価値のない日本人を、助けてやるつもりだったのだろう。だけどそうさせる訳にはいかない。私は、私はこの優しい兄と妹を守ってやるのだ。日本人から。イレブンから。エリア11そのものから。彼らが辛い思いをして生きなければならなかった全てから。だって私は可哀相なあの二人に、神聖ブリタニア帝国の皇族でありながらあんなに不安に暮らさねばならなかった彼らに、幸せになって欲しい。 「日本人はみんな殺してしまえばいいのね」 「やめろユフィ!」 呼び止めようとするルルーシュの横をすり抜けて走り出す。いくら止めても駄目よ、私が助けてあげるんだから。そう、みんな殺してしまえばいい。みんなみんなみんな。 彼女は今、幸せだった。走りながらこみあげる微笑を抑えきれない。この廊下を抜ければそこが式典会場だ。 たたた、たたた。銃声を空想する。あの会場に銃声が響き渡れば、それはきっと喝采のように聞こえるだろう。足取りは軽く、未来はユーフェミアの前に限りなくひらけていた。 (08.31.07) title from 白紙 戻る |