芽吹くころにはもくる 2


 ミレイ、シャーリー、ニーナ、カレン、それにルルーシュ。女性たちに囲まれて、男なんか僕とリヴァルくらいのもの。右を向いても左を向いてもなんだか似たような女の子たちに囲まれて、僕はみんなを誰かと混同してしまわないために必死になるしかない。ああどうしてこの学校では制服を採用しているのだろうか。それとも私服のバラエティーがないだけましなのだろうか。みんながみんな胸に名札をつけてくれればいいのにと、僕は時々途方に暮れて嘆息してしまう。
 そもそも僕が幾ら遠慮しても聞かないリヴァルに押されて生徒会の一員になったのは、ほんの二週間ばかり前の話だ。その時は副会長であるルルーシュ・ランペルージからの告白を袖にしたことで多くの生徒たちからの顰蹙を買っていた真っ最中で、まだ所属する部活を選んでいなかったとは云え、正直なところ僕には課外活動どころの問題ではなかった。
 告白を断ってからの二、三日は周囲の人々の厭味や悪意をこめた視線も仕方がないものと考えていたけれど、まさかそれが一週間経っても衰える様子を見せるどころかますますヒートアップしていくのには驚いた。ルルーシュにはどれだけ人気があるのだろう。それとも彼女にはそれだけ恨まれているのだろうか。すっかり唯一の味方となってしまっていたリヴァルに尋ねてみれば、振られた腹いせにルルーシュが何かすることだけはないと断言された。そこまで卑怯な真似をする人間ではないのだそうだ。それに僕は少しだけ安心したものの、そんな状況の中でルルーシュと同じ生徒会に所属することはお互いにとっての拷問としか思えなかった。僕はちゃんと遠慮したのに。幾ら半強制的な外交を迫られている日本の格がブリタニアに劣ると考えられているような風潮でも、日本に住むからには遠慮という日本古来の美徳を理解して欲しいと思ってしまうのは過剰な要求だろうか。
 僕はその頃にはリヴァルには外見よりは内面を見て人と付き合いたい旨は話してあった。これは別段わざわざ話していないことだが、以前の僕はそれなりに告白に流されたりもしていた。枢木首相の息子であるとか、いわゆるエリートコースを辿っていることだとか、僕本人の魅力というよりそういった要因に惹きつけられる女性は少なくないのだ。ただ、そうやって女性と付き合っても空しいだけで記憶にすら残らず、それどころかお付き合いをしている女性とそうでない人を間違えるという取り返しのつかない失敗をやらかしたところで自分が間違っていたという結論に達した。僕は危うく刺されるところだったのだ。女性の嫉妬というものは恐ろしい。原因の大半が僕にある時点でそれを責められはしないのだけれども。
 どうやら僕の真面目な恋を求めているという主張にはリヴァルも納得し賛同してくれたようだったが、それ以来なぜか彼は僕に生徒会に入るように勧めてくるようになった。それまでは僕が何ヶ月も部活を決めていなかったのにも関わらず、それこそ唐突に。見直したよ、とも云われた。それまでどれだけ見下げた奴だと思われていたのだろうか、ルルーシュの告白を断ったこと以外、僕はまだはひどいことをした覚えはないのだけれども。
「初めまして、の方もいるかと思います。枢木スザクです。転入してきてまだ半年足らずで、解らないことも多いですが、ご指導のほどよろしくお願いします」
 少し緊張しながら生徒会の面々の前できっかり四十五度のお辞儀をしてみせると、「よーし、歓迎パーティーするわよ!」と生徒会会長が楽しげに声を上げた。理事長の孫娘にして生徒会長のミレイ・アッシュフォードはリヴァルから聞いたとおりの祭り好きで、彼女のペースに巻き込まれているうちに気付けば僕も随分と生徒会に溶け込むことができたのだった。僕との間にあんなことがあったルルーシュも、まるで告白自体がなかったかのように親切にしてくれた。どうやらあまり人と関わりたがらない性質の彼女にしては珍しいとミレイが感心していたほどで、僕はそんなルルーシュの態度に安心すると共に彼女と禍根なく親しくなれることを嬉しく思っていた。生徒会に入ることに対しての躊躇いはすっかり消えていた。
 それから二週間ほど経って、僕もそろそろ生徒会の仕事に慣れてきていた。猫祭りという名のコスプレイベントには少々度肝を抜かれたりもしたのだけれども。通常業務としては、書類整理だけは未だに苦手だが、これはルルーシュの得意分野だそうなので彼女に任せることにし、代わりにルルーシュの分まで雑用をこなすことでその対価としていた。慣れてしまえば、軍のものとは違って学校程度の雑用なんてそう面倒でもない。何より、ミレイやリヴァル、ルルーシュをはじめとして、人一倍元気なシャーリーも理系で賢いニーナも病弱だというカレンも、みんないい人たちばかりで居心地がよかった。特にルルーシュとはあの時の罪悪感もあってか、最初のうちはなかなか上手く会話することができなかったのだが、それも数日前からは徐々に会話もはずむようになっていた。
 具体的なきっかけは、くだんの屋上だった。何の気もなしにのぼってみた屋上で僕はルルーシュを見つけた。そのまま逃げ帰っては相手の気分を害しそうで、妙に気まずい気分のままたたずんでいると、ルルーシュの方からぽつぽつと声をかけてきたのだった。
「……ここ、眺めいいだろ」
「そうだね。見晴らしがいいだけじゃなくて、風も気持ちいいな」
「ミレイの好きな祭り騒ぎもここまで届かないからな」
「じゃあ、お祭り中に一息入れるにはちょうどいいかもね」
 僕は屋上からの景色を堪能しながらそう返す。自然に返事をしてしまっていたものの、ルルーシュの存外男のような話し方に僕は少し驚いていた。正直なところ、ルルーシュに関しては、それまで僕は告白された時のイメージだけで女らしくて落ち着いた子なんだろうなと勝手に思い込んでいた。告白シーンでどぎまぎするのは普通は当たり前で、それが必ずしも普段の態度とは同じとは限らないことを思い出したのはここに至ってからだった。それにその後は単純に告白を袖にした件のためにぼそぼそとしか話してくれていなかったのだと思っていた。どうやら彼女の普段の話し方はこれで正常らしい。
「その……うちの祭りは、苦手か?」
「ん、そうでもないかな。僕もあんまりみんなでわいわいやるのは得意でもないんだけど、でもミレイ先輩の企画するゲームって、彼女なりの善意が見えるからつい参加したくなる」
「ああ。そうだな……」
 学園を囲む木々や、遠くに垣間見える灰色のビルの群れを眺めているうちに、僕の視線は境界線を越えて空を眺めていた。今日も空は澄んでいる。わずかに浮かぶ雲も控え目にブレンドされたように柔らかくて、見ているだけでほっとできる。風景だったら僕は周囲の反応を気にしながら美醜を評価しなくても済む。人間が上手く判別できない僕はやはりどこまでも異質で、その分こうやって景色を眺めるのは昔から好きだった。
「自然ってシンプルだと思わない?僕だって世界の一員なんだって教えてくれる気がする」
 あ、少し吐き出し過ぎたかも。つい反応が気になって振り返った先のルルーシュは、やっぱり僕にとっては肩くらいまでの黒髪をした紫色の目をした女の子でしかない。このくらいの特徴でしか僕は人間を判別できない。でも僕は先ほどまでのわずかな緊張感をすっかり忘れていた。
 何となく、目の前の彼女は微笑んでいるようだ。そういう風に僕には見えた。
「お前はもう生徒会の一員だろ。いいじゃないかそれで」
 どんな悩みがあったって、楽しいと思えることがあればいいじゃないか。そう云われた気がして、僕は素直にうんと云って頷いた。
 制服に黒髪に紫の瞳。身長はちょっと高めで、勉強はできるけどあんまり体力はない生徒会副会長。僕の知っているルルーシュ・ランペルージはそんなものだったけれど、今日はもう少し付け加えることになった。話し方が男の子みたいで、ちょっとぶっきらぼうな感じだけど、多分結構優しいんじゃないかな。
 僕にとって少し、ルルーシュは見分けやすい。


(10.04.08)

title from 白紙


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