ハミング日


 間違った方法で得たお金は正しくない。10歳の頃に知らないおじさんにお金を渡されて何の事だか解らなくて首を傾げているうちにそのおじさんの目的が友人の妹を暴行することでお金は口止め料だったのだと気づいた瞬間に、スザクはこの真理に辿りついたのだ。勿論知らないおじさんは友人の妹に暴行するどころか話しかける前に後ろから子供用木刀で殴りつけ、気絶したところを縛り上げて通報したから、スザクがいったんお金を受け取ってしまったことは友人にもその妹にも知られていない。しかしスザクはあの瞬間の罪悪感を忘れたことがなかった。間違った方法で得たお金は正しいお金ではない、これはスザクの信条だ。だから彼はいつだって自分が信じる道に向かって進んできた。
「あー……えっと、久しぶり」
「……ああ。……七年ぶりだな」
 家屋と云うよりは倉庫、むしろ前世紀を匂わせる土蔵のようなものに住所などというものがあったことにも驚いたが、その扉を叩いてみたら幼馴染みが出てきたのでスザクは目を丸くした。
「ルルーシュ……だよね。随分長い間連絡が取れなかったから心配していたけど、……どうしたのこんなところで」
「スザクこそどうしてたんだ、何も云わずに実家を出たそうじゃないか。俺だって心配しなかった訳じゃない、勿論ナナリーもだ。それにお前こそこんなところに何か用でもあるのか」
 再会の驚きと喜びに、二人の間にはお互いに質問が飛び交う。次々とお互いを質問攻めにしながら、スザクは本来の目的も忘れてルルーシュを見つめた。ブリタニア人には珍しい黒髪、やはり滅多にない紫色の瞳。人形のような小綺麗な顔立ちに、身長は自分と同じか僅かに高いくらいだろうか。七年ぶりに見る友人は変わったと云えば変わったし、昔のままの部分もどうやら様々な部分に見てとれる。それはルルーシュにしてみても同じことらしく、再会したばかりだと云うのに随分と肩の力が抜けている。
「用ってそりゃあ……あれ、ルルーシュはここに住んでるの?ナナリーは?そういえば僕の実家でも土蔵に住んでたし、ルルーシュほんと土蔵に住むの好きだね」
「好きな訳があるか!」
 思わず本気で突っ込んでしまってから、ルルーシュは気まずげに一度俯いて咳ばらいをした。スザクは小首を傾げてルルーシュの挙動を見守る。
「……その、必要に迫られたんだ。それよりお前はどうしたんだ?ここには精々借金取りくらいしか来ないものだとばかり思っていたが」
「え」
 途端、スザクは全ての思考を止めてまじまじとルルーシュを凝視した。ルルーシュはルルーシュで妙にうさん臭いものを見るような目でスザクを見るので、スザクは押し売りのセールスマンか何かになったような気分にさせられた。だが少なくともスザク自身は自分が押し売りよりはいかがわしくはないと考えている。
「なんだ」
「あの……ここ、もしかしてランペルージさんのお宅ですか」
「そのお宅だが」
「ルルーシュってブリタニアさんちの子でしょ」
「ブリタニアさんちとは何だブリタニアさんちとは……。俺とナナリーは皇位継承権を放棄して、今はランペルージ姓を名乗っている」
 途端にスザクは無言になった。心なしか、表情が微笑みのまま硬直している。ルルーシュがうかがうように目を細めた。
「何だ。何かあるのか」
「……借金取りに来ました」
「なんだそうかそうなのかそれじゃあまた来世で会おう!」
 ルルーシュの見たこともないようなまばゆい笑顔を最後に、土蔵の扉はものすごい勢いで閉ざされた。がっしゃん、という大きな物を動かすような音は、閂でもかけたのだろうか。錠前にさらにじゃらじゃらと鎖の音までする。それらの音をスザクは重く厚い扉越しに呆然と聞いた。
「え……っと……」
 どうしたらいいのかすっかり途方に暮れてしまい、スザクはぼんやりと土蔵の前に立ち尽くす。
 間違った方法では何をしても正しい結果は導き出せない。スザクはそう信じ、またその通りに生きてきた。借金をすることが間違いだとは云わない。法律でも定められているものだし、消費者が借金をすることで金融業者は融資から利子を得る、これは正しい金銭の稼ぎ方だ。お金を貸して対価を貰う、非常に解りやすい図式だ。つまり、ただ借りておいて返さない消費者というものは、つまりそれらの金を騙し取ったも同然の行動を取っていることになる。そしてそれは誰から見ても間違っているはず。
 だからスザクは間違った方法で得た金を自分のものにしようとしている人々のもとへ行き、正しい結果のために借金を取り立てていた。今日という日までは、自分のやっていることにそれこそ疑問すらおぼえたことはなかったと云うのに。
 スザクは目の前の土蔵を見る。幼少時に自分の屋敷にあった土蔵とは違う。これはさらに古く粗末なつくりで、今にも倒壊してしまいそうなほどである。本来スザクの仕事内容としてはここで多少は騒がしくなっても構わないので家の人間と話さなければならない。扉を無理矢理開いてしまう方法が効果的だったのだが、この扉の場合は無理矢理開いた時に勢いで土蔵そのものが崩れるおそれがある。
 仕方なくスザクは辛うじてあいている明かりとりの窓に向かって声を張り上げた。
「君と話せないのは残念だけどー!また来るよー!それからうちの利息は18%だからねーっ!」
 二度と来るなー!というルルーシュの返答を背に受けながらスザクは笑顔で土蔵を後にする。7年振りに再会した幼馴染。次に来た時には積もる話が山のようにあるだろう。楽しみだな、心の中で呟いてスザクはにっこり微笑んだ。


(11.08.08)


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